人類が言語という伝達手段を身につけてどれくらい経つのだろう。
おそらく数千年は経過している。
そしてわれわれは今日も新たな言葉を生み出し、それがやがて日常へ自然と溶け込んでゆく。
時代の移ろいとともに飛び交う言葉に変化があろうとも、総数は確実に増え続ける。
にもかかわらず、明らかに足りない単語がある。
これまでこの単語無しに、そして生み出すことなくして祖先が生きてきたことが不思議なくらいの、大きな穴が日本語には存在する。
それは、「冷める」の反対語だ。
いくら考えても、辞書を引いても見つからない。
「冷たい」の反対は「暖かい・熱い」。
「冷える」の反対は「温(暖)まる」。
「冷める」の反対語は、2008年5月22日現在、まだ存在しない。
「冷める」の反対語の出番は非常に多い。
たとえば誰かと食事に行って、相手が頼んだ料理が先に来たとしよう。
その食べ物が熱いうちに食べないと美味しくなくなるものだとしたら、先に手をつけるよう勧めるだろう。
その時には「先に食べてや。冷めてしまうし。」というふうに言うだろう。
しかし逆に、冷たいうちに食べないと美味しくないものの場合、「先に食べや。……。」と言葉に詰まってしまうのだ。
もちろん、僕は日本人歴26年だから、「冷たいうちに。」とか「ぬるくなる前に。」と即座に言い換えられるわけだが、「ぬるくなる」の反対は「冷たくなる」だから、ここで僕は無念の妥協を強いられているのだ。
バシーっと「冷める」の反対語でキメたいのだ。
何とも言えない歯がゆさが尾をひく。
とって換わるものがあるから良いといえば良いのだが、イマイチ気持ちが乗らない。
双子の妹に惚れたのに、姉に好かれてしまっているような感覚だ。