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西と東
2008-02-25 01:39
日テレ系で『秘密のケンミンSHOW』という番組がある。

過去2回の特別番組を経て、早々にレギュラー化された。

よほど手ごたえがあったのだろう。

血液型や星座しかり、全ての人が漏れなくどれかに属するということが強みなんだろう。

疎外感もなく、逆にローカリズムを掻き立てる。



地方出身者で構成される首都圏(特に東京)においては、その県民性というのはその分希薄なんだろうか。

江戸の文化とはいっても、現在に一番近い時代でせいぜい寅さん。

ここに来て、首都圏のアイデンティティというものは、ますます不明瞭になってきているのだろう。

そのはっきりしないことがアイデンティティとも言える。



その対極にあるのが関西。

それこそ大阪も、東京ほどではないにしても、生粋の関西人ばかりが集まっているわけでもない。

しかし、関西独特の雰囲気は全くといっていいほど失われない。




ここに面白い例を挙げる。



財団法人関西電気保安協会のTVCM。








次に、財団法人関東電気保安協会のTVCM。

http://www.kdh.or.jp/kdh/kouho/tvcm/cm_index.htm





同じ電気保安協会でも、西と東ではこんなにも違う。



前者はコントだ。

笑いが追及されている。

事業者のイメージなんて関係ない。

こんな自虐的なCMも珍しい。

結局、面白い奴が一番の人気者になれる地域。

わかりやすく言えば、かけっこで一番にゴールした奴よりも、逆走した奴がスター。

言うまでもないが、このCMは逆走している。



一方後者はというと、こちらは駄洒落。

これが関東スタイルなのだ。

アイデンティティが定まらない分、ニュートラルな内容にしなければ広く受け入れられない。





関西では、どれだけ天秤を傾けられるかが勝負。

関東では、どれだけ天秤を水平に保てられるかが勝負。



どちらも本当に難しい。


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マッシュアップ
2008-02-24 21:55
昨日と今日と、ものすごい風でした。

おまけに天気も良く、花粉もガンガン飛んでます。

僕は一年中花粉症ですが、スギ花粉が飛ぶこの時期が一番の山場。

かれこれ20年近いお付き合い。



先ほどの「一年中花粉症」についての蛇足。

日本では一年中何かしらの花粉が飛んでいるらしいです。

その全てに僕の体はアレルギー反応を示すということです。

高2の時に受けた血液検査で判明しました。

花粉症の権威と言われる先生をして、「極めて重症」「薬も効かない」と言われました。

日本で生活してはいけない人間ということ。



さらに蛇足。

その血液検査でわかったことがもうひとつ。

唯一アレルギー反応を示さないものがあるということ。

それは、ダニ。

いや、肉体的には平気でも、精神的にダニとは相容れないですから。



さて、今年もこの季節がやってきました。

久々に会って、鼻の下が赤くなっていても、見て見ぬふりをして心の中で笑ってください。








今日、電車の車内広告で目を惹くものがあった。

とある自習室の広告。

そこに大きく書かれたフレーズ。

「リゾート感覚の自習室」。

ツボに入った。

口元をカバンで隠し、笑いをこらえるので必死だった。

これを面白がるのは僕だけだろうか。



今日の世界の流れはマッシュアップにある。

音楽業界を見ても、ジャンルの垣根を越えたクロスオーバーな作品が急激に増えている。

トヨタが開発したハイブリッド車も、ガソリンと電気のマッシュアップ。

メディアを賑わす「オネェ系」もマッシュアップ。

この大きなムーブメントのうねりが、遂には、リゾートと実習室という奇妙なカップリングを生み出したのだ。



面白すぎるから、帰宅して早速ネットで検索。

メダリストクラブ
http://www.medalist-club.jp/



「コインパーキング並みの料金」というのも面白い。

もっと良い物差しは無かったのだろうか。

コインパーキングの料金設定が低いとういう感覚を、万人が共有しているようには思えない。

もしそうであるなら、もう少し違法駐車は減るはずだし。



なにはともあれ、「リゾート感覚の自習室」は面白いってこと。

「リゾート感覚」は使えると思う。

話のついでに、「リゾート感覚のコインパーキング」。



あぁ、やっぱり面白い。




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カモフラージュ ~嘘の中の真実、とその逆~
2008-02-18 00:46
この前の日曜日は、久々のアートな休日だった。

ここんところ、家に引きこもってはなんちゃってクリエイティブな毎日で、アウトプットに傾倒しすぎていた感があり、良いタイミングでインプットする機会が得られた。



展覧会のハシゴ。



まず、恵比寿は写真美術館にて。

20080217234717.jpg




そして、六本木は国立新美術館にて。

20080217234814.jpg






それにしても、現代アートというか最近のアート(ま、現代アートかな)は難解だ。

落ちぶれたようにも、いや、実はものすごく高尚なようにも感じられる。

理論とか技術じゃなくて、何か全く別の物差しでなければ評価ができないのかもしれない。

というか、評価すら必要のない次元にあるのかもしれない。

でも、古典芸術の展覧会と同じく、見終わった時には好きな作品を挙げられるということは、やはり根底にあるものは同じだということなのだろう。

スタイルが新しくて、自由で、多種多彩ということが原因かも。

まとまりが無いということは、その分、観かたに臨機応変性が必要になる。

しかし、これが難しい。



もしかすると、現代アートは、自らが分析の対象になることを嫌っているのかもしれない。

そのわりには自己主張が強い。

内気な目立ちたがり屋といったところ。

嘘のように真実を語って、本当っぽく嘘をつく。



お笑いに革命を起こしたと言われる(個人的にはそう思う)松本人志。

僕には、現代アートとダブって見える。

彼はゴッホ好きだが…。



「ゆるせない話」、楽しみだ。











ist2_148086_camo_series_us_tiger_stripe.jpg


アメリカでは、Tiger Camouflageはあまり好かれないらしい。

なぜなら、この柄はベトナム戦争の時の軍服に多く使われていたから。

あくまでも、服屋の兄ちゃんの話。



これが本当なら、アメリカ人って、かなり愛国心強し。

でもって、延々と過去を引きずるって意味では、湿っぽい人たちだ。



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ここはガツンと
2008-02-12 09:54
昨日はマンションの契約更新の日。

仕事前に新宿で途中下車し、管理会社が入っているエルタワーへ。

しかし、エルタワーは全休館。

この前、予約の電話をしたときには、11日で良いと言われた。

僕も、祝日だとわかっていたけど、この業界は祝日も営業してるものと思い、それ以前に、先方がGOサインを出しているのだからそうなんだろうと、あえて念押しすることはしなかった。

考えられない。

その日たまたま勘違いしていたのなら、後日日にちを改めるよう連絡を遣すのが筋。

それとも、そんなことすら気づいていなかったのか。

仕事ができないというのはこのことだ。

仕事ができなくて、自分だけの首が絞まるのなら構わないが、他人に、しかもお客に迷惑をかけるなんぞもってのほか。

不動産関係は今が繁忙期だろうけど、そんなこと…






つまり、そんなに怒ってないってこと。



今朝、こちらから電話し、明日に変更してもらった。

こんな対応が大人なのかどうかはわからないが、最近少しキレる頻度が下がった気がする。

そんな自分が嫌でもあるけど、ストレスが減ることは嬉しいことだ。



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「東京は雪ごときで騒ぎすぎです」と、アルバイトの道産子が一蹴
2008-02-08 23:15
今日、久々に間違い電話をかけてしまった。

マンションの契約更新の件で管理会社にかけようとしたのだが、数字がテレコになってしまった。

と、間違い電話くらいよくある話。

しかし、電話をとった相手に驚かされた。



な、な、な、なんと、モルガン・スタンレー社だったのだ。

ちょっと前に、企業買収が騒動になっていた時期には頻繁に耳にした外資系企業。

おそらくは受付のお姉さんだろう。

動揺を抑えきれず、僕が平謝りすると、「いえいえ、とんでもございません。」と、ものすごく低姿勢で、ものごし柔らかく応対してくれた。

さすが、モルガン・スタンレー。



不動産管理会社の番号の数字をひとつ並び替えただけで、モルガン・スタンレー社に繋がってしまうという奇跡。

これも「ボタンの掛け違え」だろう。

僕たちはいつも、紙一重で出会ったり、すれ違ったりしているということを深く実感した瞬間だった。








さて、話題はガラリと変わって、今朝のめざましテレビの星座占いについて。

片手間に音声だけを断片的に聞いたので、何座だったかは不明だが、今日の運勢のポイントが「欲しかったものを手に入れると良い」だった。

これには違和感を覚える。

欲しかったものを手に入れられるかどうかに、まず運勢がかかっているだろう、と言いたい。

もはや、手に入れられるかどうかが大命題であって、むしろそれが今日の運勢を左右する一大ポイントなのだ。

だから、欲しかったものを手に入れるためのポイントを伝授してくれるのが近道で親切でベストなのだ。

たとえば、「赤いものを身につけると、欲しかったものが手に入って良い事がある」とか。



って、別に怒っているわけではない。

批判してるのでもない。

クレームじゃない。







クレームついでに、倖田來未の失言問題。

僕は失言とも思わないが、失言であっても、この顛末はひどすぎる。

言語であろうと、音楽であろうと、絵画であろうと、あらゆる表現物に対しての評価は、受け手の好みに依る部分がほとんどなのだ。

だから、同じ発言にも賛同があれば非難もある。

万人がYesと言える表現なんて存在しない。

いちいちカンシャクを起こしていたらキリがない。

単なる好みの違いであって、誰が悪いでもない。

我慢が足りない。


最近の、著名人に対するバッシングには目に余るものがある。

冷静さを一切感じない。

ひたすら感情的だったり、愉快犯的な印象が強い。

問題の本質に起点が置かれていない。


タレントは人気商売なわけで、自分が嫌だと思えば応援しなければいいだけのこと。

執拗なまでに叩くのは、芸能界から追放したいのか、涙の謝罪会見が見たいのかは知らないが、涙を流し頭を深々と下げれば高感度は元に戻り、結果、騒動がむしろ宣伝効果を生んで以前より人気が出たりもする。

そう考えると、この手のバッシングは失敗に終わっているとも言える。



ま、言葉の上っ面しか解釈できないロースペックな人種はそこまで考えられないだろうけど。



それより僕が心配するのは、表現者が怖気づいて、個性を存分に発揮できなくなって、フラットな文化構造になってしまうこと。

クリエーターは必要以上に躊躇すべきでない。

時代にフィットさせるのはメディアの仕事。

全ての責任はメディアにある。











最後に、リンスをどこまで流せばいいのかがわからない。

妙にサラサラなのはリンスの効果なのか、単にヌメリが残っているだけなのかの判別が難しい。

リンスを十分に洗い流せず痒くなるのも、サラサラ成分が全部流れてしまうのもいやだ。

潮時がわからない。





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聖徳太子はコックさん
2008-02-03 06:24
色々なことを同時進行でこなせることを「器用」だと言って、まるでそれが良いことで、是が非でも手にしたいもののように思いがちだが、裏を返せば一点に集中できていないと言い換えることもできる。

複数のことに、同時に、深く集中することなんで、本当に可能なのだろうか。

集中することを、「無我夢中」と表現することがあるが、自己が忘れ去られるというのはとんでもない境地だ。

そんな中で、あれやこれやと意識のベクトルを変えるなんてことはありえない。

その時点で集中できていないのだ。

つまり、「器用」なんてものは存在しない。




今日、友達と焼肉を食べに行った。

そしてひとしきり食べ終わったところで、僕は携帯のカメラでテーブルの上を写真に撮った。

七輪の上には肉が2、3枚程度、テーブルの上の皿もほとんど下げられてしまっていた。

いちばん盛り上がっているときに撮るのがベストだが、そのときにはこっちも盛り上がっているわけで、写真を撮ろうなんて発想がわかないほどに夢中に食らいついているのだ。




最近パソコンに向かっている時間が長い。

ちょっとした遊びにハマってしまったから。

外出中にもそのことを考えてしまうほど夢中になっている。

しかし、アイデアも時には底をつく。

今さっきも、行き詰まってしまって、クールダウンがてらキッチンの掃除を始めた。

頭の換気をすれば、新しいことが思い浮かぶんじゃないかと。

が、しかし、気がつくと掃除のほうに全集中を注いでしまい、肝心なことに一切気が回らない。




同時進行で集中することは不可能だ。

万が一そんな器用な人間がいるとしたら、聖徳太子がそうだったように、歴史に伝説を残し、ゆくゆくは札の肖像画に選ばれ、折り目をつけて、垂れ目とつり目にして遊ばれることだろう。



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ダブルミーニング
2008-02-01 00:05
「人は独りでは生きられない」という言葉がある。

言うまでもないが、誰かの支えがあってこそ生きられるというような意味。

しかし、この他にもうひとつの解釈があることに気づく。

それは、誰からの影響も受けず、誰にも影響を与えずして生きてはいけない、ということ。

言い方を換えれば、いくら望んでも、完全に独りでいることはできないということ。

前者は「感謝」を、後者は「配慮」を促す。

この言葉は常に前者のニュアンスで用いられるが、後者の意味はそれと同等の重要性をもっている。

われわれは他者との干渉を避けて生きることはできないのだ。

したがって、他者への細やかな気配りが求められる。



日常生活の中には、絶対にトンマをしてはならない場面というのが多々ある。

そのひとつが、混雑時の駅の改札を通るとき。

群集が列を成して改札機を通過する場面で、違う定期を入れてしまったり、スイカやパスモの残金が不足していたり、定期や切符が見当たらなかったりして、人の流れを堰き止めてしまうようなことはあってはならない。

だから僕は、駅の改札を抜ける時には、高い緊張感をもって臨む。

その大分前の時点から定期を取り出し、区間外であれば、スイカの残金が十分であるかを思い出す作業を欠かさない。

実際、この局面では、心拍数も幾分増えていることと思う。

とにかく、できるだけ誰にも迷惑をかけずに生活したいのだ。

他者への配慮に精神をすり減らす毎日だ。



「人は独りでは生きられない」に、もうひとつの解釈が存在することを、僕の前で改札機に引っかかっているおばさんを見て知った。

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| 3BA ENT. |
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