夏休みが迫ってきた。 帰郷の大まかな予定を実家に連絡したら、その日から母親からのメールが増えた。 なんでもないことを頻繁にメールしてくる。 決して迷惑なんかではない。 理解できる。 できるだけ京都には長くいようと思う。 ツレにも会わないといけない。 10年ぶりの再会の計画もある。 もちろん、ひとりの時間も大切にしたい。 朝目覚めると目ヤニがついていて、規則的な便通もあり、毎日風呂に入っても垢が出て、数ヶ月のうちに驚くほど髪の毛が伸びる。 ちょっと掃除を怠ると、部屋は陰毛だらけ。 身体は常に新陳代謝を繰り返しながら自然に健康を維持してくれている。 でも、心の新陳代謝は意識的に図らなければいけない部分が多くある。 今の東京での暮らしの中でそれは不可能とまでは言わないが、限界があるのは確か。 ホームシックとか、無理をしているとかではなく。 生まれ育った場所というのは特別だということが言いたいのだ。 そういう意味で、今年の夏休みはなかなかいいタイミングなのかもしれない。 こっちでは落としきれなかった垢をすっきり取り除きたい。 落としすぎて血がでるくらいでもいい。 今の僕には、それくらいがちょうどいい。
朝っぱらから、テレビで自民・民主の議員が激論を交わしてる。 国にとっては頼もしいことやけど、寝起きの僕には重すぎる。 お出かけ前は、心身軽やかに過ごしたい。 無責任にもそんなことを思いながら、シュガーマーガリンがふんだんに塗りたくられた菓子パンを頬張る。 すると、胃もたれがハンパじゃない。 だめだこりゃ。
戦場写真を何枚も見てたら、気分が悪くなってきた。 吐き気がする。 小学生の時に通ってた塾の社会の先生が、南京大虐殺の時の生写真を持ってた。 あくまでも、自己申告やけど。 僕も含めて、生徒はこぞって見たいと言った。 単なる好奇心のみで。 結局のところ、誰一人として目にすることはなかったけど。 今はそんな写真が、ネットにゴロゴロ転がってる。 最近、僕はそっちモードで(どんなモードかわからんけど)、かなりの枚数の写真を見てるけど、そのたびに悪寒が走って吐き気がする。 それでも、見る。 そっちモードやし。 こんなこと書いてたら公安か何かに目をつけられるんちゃうか。 勘違いなさらんように。 何度も言うけど、そっちモードやから。 今日は、久々に大笑いした。 今年いちばん笑ったかも。 職場じゃなかったら、もっとゲラゲラいけたけど。 でも、制約があるほうがおかしみが増すっていうのはあるね。 声を殺して、涙ぐんで、腹抱えてヒクヒクしてるんがいい。 相手が同じかんじになってるんを見たら、さらに拍車がかかる。
 朝5時に出勤。 すると、廊下でいびきをかいて爆睡している人が。 そこそこ大きいシャッター音にも一切感知しなかった。 早朝の歓楽街ではよく見かけるが、会社内ではなかなかお目にかかれない光景。 なんでこんなところで寝ているのか。 自分のデスクなり居室があるだろうし、なんならこの会社には仮眠室だってある。 社内で寝床を探したときに、廊下、しかも人通りが最も多い1階の大廊下なんて、最も選択されない場所。 彼がこんなことになってしまった経緯を是非知りたい。
最近、ウッチャンナンチャンを見かけない。 どうしたんかな。 さて、今日は、東京電力の電力需要が今夏一番を更新した。 折からの猛暑と、柏崎刈羽原発の稼動停止が重なって、電力需給が逼迫した。 大口需要主への供給を絞り込み、データ改ざんで運転休止していた塩原水力発電所を緊急稼動させ、さらに、他電力会社3社からの電力融通を受けて、かろうじて供給不足を回避した。 そんなニュースを起きぬけに耳にし、今日は外出することにした。 家でエアコンをつけているより、もともとついている涼しいカフェに行った方がエコではないかと思ったから。 というのは、ほとんどウソ。 僕が外出したところで、浮く電力なんぞスズメの涙。 でも、もし仮に、こんなことを思って外出励行したひとが大勢いたとすればアレですから。 で、カフェに行きましたとさ。 カフェは、裏社会と表社会のグラデーションにあたる場所です。 まともな人間と、まともでない人間とが絶妙なバランスでハーモニーを奏でている。 飲み込むでもなく、飲まれるでもなく。 社会を天秤に例えるなら、カフェは支点。 中間。 二丁目。 グレーゾーン金利。 非戦闘地域。 友達以上恋人未満。 テーブルひとつ隔てた場所から、裏社会を覗き見る。 愛読書ごしに目をやり、無音のイヤフォンの奥で鼓膜を研ぎ澄ます。 社会の闇。 はっはっはー。 しかし、僕の盾である愛読書にはこんな詩が書いてあった。 ここに ウィリアム・ジェー とこしえに 眠る
正しきがうえにも正しき道をあゆみて 眠る
正しからざる道をあゆみしものとおなじく 眠る
お騒がせいたしました、例のドアが開きっぱなしの部屋。 先ほどスーパーに行くときに見ると、閉まってました。 やはり、換気か何かで開けてたんでしょうか。 実は、そこの主は、なかなかだらしのない人らしく、以前、その人が帰ってきたときに居合わせたことがあり、ドアを開けた途端に、ゴミ袋がどさっと外へあふれ出てきたこともありました。 そして、玄関にそんな段差は無いやろ、ってくらいの勢いで部屋に入っていく姿を目撃しました。 また最近では、部屋に入りきらなかったのか、私物を廊下に出していたりと、ひと昔前に流行った「ゴミ屋敷」というやつなのかと想像しています。 あの汗臭いにおいも納得です。 自分でも耐えられなくなったのでしょうか。 いずれにしても、事件性がなくほっとしました。 ちなみに、スーパーから帰ってきたときには、ふたたび開いていました。 さて、今日スーパーで買ってきたバナナクレープ。  この商品名にしびれた。 「しあわせ バナナクレープ」。 食料品のネーミングに、「しあわせ」はマッチするのか。 大きく出すぎではないか。 しあわせの押し売りだ。 しかし、すごく美味しい。 しあわせかも。
うちの2つ隣の部屋のドアがずっと開いている。 かれこれ、3日ほど開きっぱなし。 鍵を回してから閉めてある状態。 要するに、隙間があるわけ。 風通しとかで一時的に開けてる人はちらほら見るけど、これに関してはそんな次元じゃない。 なんせ3日間開きっぱなし。 閉め忘れなはずもない。 しかも、部屋の電気もついてない。 そして、さらに奇妙なのは、異臭がするのである。 汗臭いにおい。 あの部屋で何が起きているのか? 声をかけるべきかな。 こわすぎる。
NHKで五山の送り火の生中継をやってた。 思わず見入ってしまった。 ちなみに送り火を生で見たのはたったの一度だけ。 19年間京都に住んでいて。 祇園祭の山鉾巡行も一度だけ。 時代祭り。 葵祭り。 なんじゃそりゃ。 そんな感じ。 しかし、歳のせいもあり、また離れた場所で暮らしていることもあって、ここ最近は興味が深まっている。 伝統文化と自我が少しずつ重なり合ってきている。 特に五山の送り火。 実は、8月16日はおじいちゃんの命日でもある。 僕が生まれた時には既にいなかった。 人って(僕だけかもしれんけど)薄情な生き物で、実際に会ったことのない人に対しては、たとえそれが親族であっても、その人の死(不在)を心底悲しむことができない。 僕にとって、おじいちゃんがいないことは当たり前だった。 写真で何度か姿を拝見したけれど、いまいち実感がわかない。 失ったという感覚が希薄。 そんな自分をいけ好かなく思うこともあった。 でも、この1、2年で徐々に変化してきた。 何がそうさせたのかはわからないが、ふと寂しく、残念に思うことが増えてきた。 おじいちゃんが生きていたら…と想像して、ちょっとセンチメンタルな気分になることがしばしばある。 僕の中で、おじいちゃんがおじいちゃんになりつつある。 頑固な人だったらしい。 そして、めちゃくちゃ子煩悩だったらしい。 肩に掛けたたすきから、おじいちゃんの汗のにおいがする。 送り火の日に仏さんになるなんて、ロマンティックなおじいちゃん。 夏休み、お墓参りに行こっと。
終戦の日、僕は灼熱の原宿にいた。 表参道×明治通り交差点で信号待ちしてたら、急に夏フェスに行きたくなった。 無茶したい。 久々に狂乱したい。 “Linoleum”は不朽の名作やね。 中学生の時分、ライブなんかに行って、ド素人のヘタクソコピーバンドにもかかわらず、このイントロが流れた瞬間には歓喜の雄叫び。 次の瞬間にはスピーカーによじ登ってた。 何回ダイブしても、他の客は嫌な顔ひとつしない。 何なら「こいこい!」みたいなかんじで促してくる。 今ここで、信号待ちしてる人達の上にダイブしたら、確実に非難の的になる。 僕がそっちの立場ならもちろんキレる。 でも、ライブではそれが平然と通用する。 少なくとも10年前はそうだった。 今はどんな感じなんかな。 週末になれば、代々木公園の原宿駅側の入り口で、黒づくめでリーゼントのおじさん連中がツイストしてる。 どこか古臭く感じる。 しかし、彼らにとってのツイストは、僕らにとってのダイブなのかも。 青春時代に身を浸した、健全な不良文化。 もしかすると、今、ライブに行ってはしゃいでダイブすれば、おじさん扱いされるかもしれない。 って、さすがにそこまでは思わないが、最近のライブがどんな感じなのかが気になる。 来年の夏フェス、行ってみようかな。
飯、炊いてます。 外食生活もかれこれ6年目を迎え、とうとう飽きがきてしまった。 さらにこの暑さの中出かけて行くのが苦痛ということもあって。 涼しい部屋で、テレビを見ながらマイペースに食事。 これに限る、という結論に達した次第です。 で、昨日もおかずを買いに西友へ。 惣菜やらいろいろ買って帰り、実食! テーブルに並べて初めて気づいた。 イカとオクラの甘辛あえ&イカの塩辛。 カブってる。 しかも、「辛い」って点でも。 はぁ、情けない。 さて、1年ぶりに携帯を変えた。 渋谷と原宿の店舗には在庫が無く、一か八かで地元の店に行ったところ、あった。 人気商品って、意外と都心部じゃなく郊外の方が入手しやすいんかもね。 この地域格差はアリだね。 そして、きょうも夕飯のおかずを買いに西友へ。 昨日の教訓もあって、慎重にチョイス。 携帯の紙袋があったから、レジ袋を断って荷造り。 詰め終わったところで、笑ってしまった。  SoftBankの袋の中の子持ちししゃもが斬新やった。 店内でひとりニヤニヤしてたら****かと思われるから、逃げるように帰ってきた。
 いまイチオシのジュース。 たしか、グレープ味もあった気がする。 「5回ふって ぷるっぷる食感」「20回ふって、とろ〜り食感」だそうだ。 なんとなくエロい響き。 エロいし、おいしい。 言うことない。 さて、1にも2にも、口をついて出る言葉は「暑い」。 たまらんです。 パンツの替えを持って歩きたいほど。 現在、非坊主のため、前みたく出先で頭を洗うことができない。 以前なら、蛇口さえあればどこでも洗髪できた。 タオルも不要。 髪の毛っちゅーのは甚だ不便。 やっぱ坊主に勝るものはない。 ひとしきり髪のある生活を満喫したら、もう一度あの頃へ戻ろうか。 すべてが金色に輝いて見えたあの頃に。
 久々に米を炊いてみると、この有様。 フタを開けてびっくりした。 ギリギリ。 いや、もしかすると、フタで押さえつけられてたのかもしれない。 意図せず圧力釜。 男のひとり暮らし。 そんな言葉では片付けられない。 上手に米を炊く独居男性は山ほどいる。 誰か僕に米を炊いてください。 さて、ここで、えぇ話。 今は昔。 アメリカはデトロイトのある学校の女先生が、授業中に逃げた実験用のネズミを、ある少年にたのんで探し出してもらった。 彼は目が不自由だった。 しかし、素晴らしく鋭敏な耳を天から授かっていた。 この先生はそのことを知っていた。 素晴らしい耳のもち主だと認められたのは、彼にとって生まれてはじめてのことだった。 後に彼はこう語っている。 「自分のもつ能力を先生が認めてくれたその時に、新しい人生が始まった」。 彼の名はスティーヴィー・モリス。 またの名を、スティーヴィー・ワンダー。 最近よくヨーグルトを食べる。 すると、驚くほど腹の調子が良い。 腹の調子が良いというか、腹の調子が悪くならない。 ていうか、そもそも、体調が良いってどういう状態?? 具合が悪いところがないってこと?? それが基本じゃないの?? それが普通じゃないのか?? そんなこともないか。 健康であることはありがたいこと。 有り難い。 つまりレアってこと。 てことは、普通じゃない、と言える。 したがって、普通の体調というのは、少々具合が悪いところがあるってことになる。 解決。
今朝、ちょっと早く目が覚めた。 出勤まで時間があったから、スカパン流してスカダンスしてたら、右足の小指を机で強打。 変色してる。 ヒビいった?? さて、今日は関東甲信・北陸・東北で一斉に梅雨明けした。 梅雨がない北海道を除けば、全国で梅雨明けしたことになる。 夏です。 僕の嫌いな夏です。 寒さは服装で調節できるけど、暑さは限界がある。 だから嫌い。 特に日本は湿気が多いからなおさら。 南国のカラッとした暑さならまだいいんやけど。 でも、雨の季節よりはいい。 わがままです。 関西人は文句が多いです。 ぼちぼち夏休みの人もいるんかな。 僕はもうちょい先。 天気が良いといいな。 思い出づくりに励みたい。 こんな感じで。 その前に、台風5号だわ。 明日、休日出勤。 テンション上げないと。 早起きして、スカダンスやな。
| HOME |
|