明日晴れるかな/桑田圭祐 「この楽曲の製作にはかつて桑田が自身のラジオ番組で語っていた『三丁目の夕日は昭和を美化しすぎている』『5分で見るのを辞めた』と言った想いがこめられている。団塊の世代が「昭和30年代は金はなかったが心は豊かであった」とよく言うが、桑田自身はその傾向に疑問を抱いており、昔を肯定する場合に、今を揶揄したり、想い出を懐かしむだけではない、近日中の未来への希望を込めての「明日晴れるかな」というフレーズである、と言った趣旨のことを語っている。」(「ウィキペディア」より) まったくもって、おっしゃるとおり。 在りし日の己れを愛するために
想い出は美しくあるのさ
遠い過去よりまだ見ぬ人生は
夢ひとつ叶えるためにある辛い現状に嘆くふりをして時代のせいにしたり、見て見ぬぬりをして自分を守ったところで、残るのは後悔だけ。 耳を澄ませば、心は「明日晴れるかな」と囁いている。 もう少しの勝負。 くじけそうな気持ちを乗り越えて、もう一度微笑みを。 なんて素敵な曲だろうか。 はじめ聴いたときには、単なるノスタルジーを歌ったものだと思ってたけど、実はその正反対。 大勢世論にアンチテーゼを唱えるあたり、やはり桑田圭祐は真のロックシンガー。 「今の若者は…」とか「今の時代は…」ってフレーズには、僕も嫌気がさしている。 「今の若者」を産み育てたのは、あんたら「大人達」であって、「今の時代」を築き上げたのも、あんたら「大人達」であるわけで。 「今」を否定することは、すなわち「過去」の否定でもある。 「大人達」が大好きな昭和ノスタルジーとも矛盾する。 大人たちが我武者羅に生きて手に入れた「今」を僕は否定しない。 多大なる恩恵に預かってもいるし、むしろ彼らの偉業をリスペクトする。 しかし、結果として彼らが現代の毒を生んだことも事実。 僕らにとってのそれは、彼らにとっての戦争にあたるかもしれない。 だから、僕らもその毒を乗り越えないといけない。 こんなことを繰り返しながら、時代は流れていくのだろう。 過去はいつでも美しく見える。 だから心配しなくていい。 いちいち振り返らなくてもいい。 それより大切なのは、「明日晴れるかな」の囁き。 心の声応えるべく、歩みを重ねることだろう。 と、解釈したわけです。 やっぱ「愛」をもって生きないと。 「愛」。 「愛」。 もひとつ「愛」。 夢ひとつ叶えるための徹夜明け。 ちょっくらお出かけしたい気分。 「今日晴れるかな」。 「東京は、北東の風 後 北の風 くもり 夕方 から 宵のうち 雨 所により 夕方 から 雷 を伴う」(気象庁の予報文より) あらま。 じゃ、「明日晴れるかな」。 「東京は東の風 後 南東の風 くもり 昼前 から 晴れ」(同上) やたー!
社会人生活初の、寝坊&遅刻。 今日は11時から仕事やってんけど、目覚めたのは10時40分。 どんなに急いでも、会社までは30分はかかる。 だから、起きた時点でアウトなわけよ。 文字通り飛び起きて、すぐさま着替えるべきやのに、なぜかシャワーを浴びるという選択をしている僕。 そこはモテたい盛りの25歳。 石鹸の香りで、バイトの女子大生を酔わしたい。 これだけは譲れない。 5分ほどで媚薬を全身に塗りこみ、ささっと着替える。 ここでも、ポロシャツと靴下の足首のとこに入ってるラインとスニーカーの色を合わせてる僕。 そこはモテたい盛りの25歳。 細かいところに意識がいってることをアピールして、この人と付き合えば幸せになれるカモ、ってバイトの女子大生の心拍数を上げたい。 その唇、その胸、逃がさない。 いざ参らん。 新目白通りまで小走り。 タイミングよくシータクを拾う。 「ちょっとだけ急いでもらえます?」と言うと、「道の混みかた次第ですねぇ〜」と、当たり前なことを返される。 あ、そうそう、とにかく遅刻の連絡を。 会社に電話する。 「はい、×××です。」 おっ、バイトの女子大生だ。 僕は声をワントーン下げて言った。 「あ、オレだけど〜。おまえの夢見てたら寝坊しちゃってさ〜。10分ほど遅れそうなんだ〜。でも、ちゃんと行くから。じゃーな。」 山手通りは思いのほか空いていた。 会社には10分遅れで到着。 そして、いつもの仕事が始まる。 時間厳守。 やっぱ、これは基本。 出来なければ、周りのからの信頼獲得はもちろん、バイトの女子大生のハートを射止めることだって無理。 今日が最初で最後。
今年の健康診断もパスすることになった。 何が嫌って、休みの日にわざわざ行くのが面倒臭いから。 そんな時間があれば、南青山で買い物して、中目黒でお茶して、マーリンルージュで愛されて、大黒ふ頭で夢を見て、シーガーディアンで酔わされたほうがいい。 ふと思うねんけど、健康診断の中に精神病診断みたいなんって無いよな? これだけうつ病が蔓延してて、うつ病予備軍もわんさかいる現代社会やというのに、けっこうないがしろにされてへんか。 他の様々な病気と一緒で、精神病だって早期発見に越したことないやろ。 精神病って、世間ではかなり軽く見られてる気がする。 「気の持ちよう」とか「メンタル面が弱い」くらいのことで、精神的に病んでることが格好悪いっていうイメージすらある。 泌尿器科と同じくらい、精神科にかかってることは公言しにくい空気がある。 とかく日本民族は、精神論を重んじる伝統がある人たちやのに、その割には認識は浅い。 病んでること自体が貧弱で許されない、ってことか。 Oh!ザンコクぅ〜! 定期診断に精神科が盛り込まれてたら、僕も重い腰を上げて出向いていくんやけどな。 最近、自分が思う自分の精神状況と、実際のところとの間に大きなズレがあるんちゃうかなって気がする。 医学的見地では、僕は今いったいどういう状態にあるのかに興味がある。 意外と思った以上にillやったりして。 はっはっは。 あ、でも、こんなん今に始まったことちゃうしね。 心配される必要もないし、引かれる筋合いもない。 だって、おまえかって病んでるからな。
死人に口なし。 これを喜んでいるやつがいるんとちゃうやろか。 他殺の可能性はないやろうけど、彼を自殺に追い込んだ人物(結果論としても)の存在の可能性は十分にある。 疑惑を持たれた事務所費の内訳をすべて公表すると言ったかと思えば、一転して、公表しないと言い出す。 以降は、「現行の法令に沿って適切に行っている」の一転突破で、首相も付かず離れずの微妙な距離感で彼をフォローする。 遺書があるらしい。 何が書かれてるんかな。 ここでも何らかの抑圧がかかるんちゃうの。 大人の世界って、そんなもんでしょ。 ぜんぜん関係ないけど
前回の便器についての情報提供の呼びかけに、コッソリ答えてくれた友達がいました。 「便ふた自動開閉」というらしい。 その人いわく、便座まで一緒に上がってるのは見たことがないということでした。 あの日、僕は確かにふたと便座が一緒に上がるのを見た。 だからきっと、そこのところの設定はできるようになっているのだろうという結論に達しました。 それより興味深かったのが、世の男性の8割くらいが、座って用を足すという情報。 僕はというと、その時の気分。 しかし、圧倒的に立ってする割合が高い。 でも、そもそも、男は(小便を)立ってするというのは誰が決めたのか。 便器のことを考えると、立ってするメリットが全く無い。 「ハネ」や「場外」のように、掃除を一層大変にしてしまうリスクが高い。 店のトイレなんかに入ると、最初から最後まで便器に届いてなかったんじゃないかというくらい、便器の手前にオアシスができあがってることがよくある。 座ってしさえすれば、こんな大事故にはならない。 無理に便座を上げて、立ってする必要も無いのだ。 なのに世の親は、息子に立ってするよう教える。 僕もそうだったと記憶している。 男子用トイレには小便専用の便器があるから、という理由なのか。 立ってすることを覚えなければ、愛息子はトイレで一人途方に暮れてしまうという心配があるのだろうか。 嗚呼、親心。 しかし、僕もいい大人。 臨機応変にアドリブを利かさないと。 専用便器があるならあるで、無いなら必ず座って、掃除の手間を省けるようきれいに用を足そう。 親の教えが全てじゃない。
今日は久々に地元のツレに会った。 1年間働いた会社を先月いっぱいで辞め、教師になることを志して新たなスタートを切った彼。 主たる目的は定かではないが、先週の金曜日に上京し、東京ミッドタウン・美術館・靖国神社の遊就館などを巡る、教師になるための教養を深める旅だと彼は言っていた。 おっぱいパブで、おねぇちゃんに教育について熱く語るくらいだから、相当な意気込みに違いない。 そんなツレと、昼過ぎに恵比寿で落ち合い、お洒落なオープンカフェでランチ。 ここで、話は大きく脱線するのだが、その店にはトイレが2つあり、ひとつは男女共用、もうひとつが女性専用。 言うまでもなく、僕は前者で用を足したのだが、自動的にフタと便座が上がる上等な便器だった。 そんなハイカラな便器に少々とまどいつつ、ふと思ったことがある。 男性にとってはそこそこ便利なこの機能も、女性にとっては迷惑千万なのではないかと。 女性は、大小を問わず便座を下ろした状態で使用する。 いや、覗いたわけじゃないけど、どう考えてもそうだろう。 だから、便座まで上げてしまうのは、再度それを下げる手間を女性に強いることになる。 そう考えると、手放しで喜べるほどの代物ではないのかもしれない。 それとも、細かい設定が可能で、女性専用のトイレの便器は、フタしか上がらないようになってるのかな。 知ってる人、こっそり教えて下さい。 そんなこんなで数時間ほどそのカフェにはいた。 彼に限らず、地元のツレとの会話は、なぜあんなにもゆる〜い感じで進んでいくのだろうか。 お互い、テンションの上限は人並みよりも高いところにある人種なのだが、平均値は人並みよりも低いような気がする。 フェラーリが30km/hあたりを保って走ってる感じ。 もしかして、みんなが口数の少ない僕に合わせてくれてるのかな。 それとも、大人の落ち着きなのか。 いずれにしても、僕にとってはそれが心地良いのだが。 さて、僕たちが恵比寿でランチをしていたのにはワケがあった。 実は、彼のお兄さんが東京の某テレビ局の営業マンをやっていて、今日担当されているバラエティ番組のロケが恵比寿であるということで、僕たちに見せてくれるという手筈だったのだ。 僕も一応同じ業界に身を置いてはいるものの、これらは似て非なるもの。 個人的にもバラエティ志向だし、おまけによく見る番組、平山あやちゃんが見れるとあって、そのときばかりは爆走フェラーリ。 実物は、期待を上回るかわいさだった。 デラ・ベッピン。 DE LA SOUL。 あぁ、やっぱ、タレントは違うわぁ〜。 って、かなりミーハーなんですよ、僕。 と、目をハートにすること10数分。 一行は次のロケ地へ移動していった。 幸せの余韻に浸りながら、ツレのお兄さんと少し話す時間があった。 何年か前に1度お目にかかったことはあったが、そのときは顔を合わす程度だった。 改めてツレは僕を紹介してくれた。 するとお兄さんは、「あ、じゃぁ、番号聞いとこう」といって携帯の番号を教えてくださった。 名刺もいただき、いつか業界の方と一席設けようなんてことも言ってくださった。 思いがけない展開にかなりテンパって、しっかりお礼が言えてなかったのではないかと、今になって不安になるのだが、僕は本当に恵まれた人間だと感じる。 それほど交友関係も広くはないし、対人関係においても決して積極的なほうではない。 でも、出会う数少ない人たちはいつも、僕の前途を照らしてくれる。 そういう出会いを幾度となく繰り返してきた。 人生の分岐点にはいつも誰かの存在があった。 ただただ感謝。 そしていつの日か、ささやかでもお返しができたらと思う。 また、自分も誰かにとってそういう存在になれれば、なんてことを生意気にも考える。 頑張ろう。 あらためて、ツレ(おっぱいパブのくだりを考慮して、ここでは実名表記を差し控えます)とお兄さんに感謝。 ありがとうございます。 その後、お兄さんとは別れて、ガーデンプレイスへ。 そして再度恵比寿駅へ戻り、そこから代官山、渋谷と、平成の伊能忠敬もしくは水戸光圀公よろしく、延々と歩き続け、最後はラーメンで締め。 地図で調べたところ、総歩行距離は8km超。 まだまだ若い。 かいつまんで話すと、こんな1日。 久々の再会と、貴重な体験と、素敵な出会いと、フィジカルの強化。
なんやねん、「はにかみ王子」って!! ほんま、サブい! 中継したテレ朝のアナウンサーが名づけたらしいけど。 それを他局から紙メディアまでもが便乗するこの光景は滑稽。 言語表現のプロであるはずの彼らにはプライドはないのか。 「はにかみ王子」よりも良いネーミングを考えようとはしないのか。 「テレ朝のアナウンサーが命名」っていうクレジットを一切付けずに、悪びれる様子もなく一斉に使い始める。 盗作には五月蠅いくせに、「はにかみ王子」はみんなで共用ってか。 なんやそれ! ていうか、斎藤佑樹くんも、けっこうはにかんでたで! 石川遼くんがハンカチで汗拭いてたらどうなっててん!? 怒りついでに言うとくけど、「はにかみ王子」で言えば、石川くんよりおれのほうが「はにかみ王子」やぞ! どんだけはにかむと思ってんねん! ま、「王子」っていう歳でもないんかな。
今日の毎日新聞朝刊のテレビ欄  若干見づらいとは思うが、赤い○をつけたのは「!」(ビックリマーク/エクスクラメーションマーク)。 今朝、番組をチェックしているときに気がついたのだが、テレビ欄にはこんなにたくさんの「!」がある。 番組名や映画のタイトルの分をカウントに入れるのはルール違反かもしれないが、その真理を突き詰めていくと、決して分別をつけるべきものではないということがわかる。 テレビ欄に「!」が乱立しているのは、必ずしも偶発的現象ではないだろう。 これはテレビメディアの策略にほかならない。 言うまでもなく、「視聴率獲得」を謀っているのだ。 「!」があるのとないのとでは、見る者の食いつきが違う。 上では数に入れていない「!?」や「?」も同様、人の好奇心を誘う。 言葉に高揚感や勢いがつき、イメージも良い。 そのほかにも様々な心理作用が考えられるが、それらすべては視聴者に向けての誘惑である。 TOKIOの番組に至っては、「ザ!鉄腕!DASH!!」と、「ザ」にまで「!」をつける始末。 ここまでされると、冠詞というよりも、感嘆詞の領域である。 「オ!」とか「ア!」とか「エ!」みたいなノリで、「ザ!」。 勢い余って、最後はダブル。 総計4「!」。 相当シャカリキにやらないと、ただのイチビリで終わってしまうね。 実際は、4「!」に恥じることなく、けっこう熱入れて頑張ってるみたいだからいいけど。 現に番組も続いてるし。 そんなふうに見ていると、NHKで極端に「!」が少ないのが妙に説得力がある。 と、こんなかんじで、夜勤明け退社間際に慌てて記事を縮小コピーして帰ってきたわけです。 ザ!こんな時間!! おやすみ。
 100円ショップで買った「マンゴープリン」(蔵王高原農園)がやたらとおいしい。 そこそこボリュームはあるけど、ぺロっと平らげてしまう。 しばらくは、夜のお菓子ラインナップの常連になりそう。 僕のお菓子代(1日)がおよそ600円っていうのは有名な話。 腹が減ったままでは寝られない。 かといって、口にしてすぐに寝てしまうと、翌朝下痢になるのがお決まり。 なんとも不便な身体。 己にとって一番都合が悪い存在は己自身。 さてさて、今日は久々に裁縫をした。 ズボンのベルトループが外れかかってたから。 手先はけっこう器用なほう。 だから、縫い物も得意。 返し縫をしながらふと思い出した。 小学校の頃のこと。 名札のピンで手のひらを刺して遊んでたなぁって。 刺すっていうか、上手に皮膚1枚分の浅さで刺して、その下を通して...って上手いこと説明できんけど。 とにかく、痛みもなく、出血もない刺し方で遊んでたわけよ。 一時期学校で流行った遊び。 そんなことを思い出して、久しぶりにやってみようかと考えたけど、こわいからやめた。 あの頃は数々の無茶をやった。 怪我した日の晩は、ギャーギャー言いながら風呂に入るくせに、懲りずに何度も同じこと繰り返した。 あの頃の自分は、まだ僕の中にいるのかな。
今読んでる本に、目から鱗の話があった。 「ちびくろ・さんぼ」について。 この本が、黒人差別を助長するという理由から絶版になったということは有名な話。 特に問題視されたのが、「サンボ」が蔑称であるということと、誇張された顔の表現。 いずれにしても、彼ら一家はアフリカ系で、舞台もアフリカであるという前提のもとに非難された。 しかし、ここに大きな矛盾があるという。 この物語のオチである、木の周りをトラがグルグル回ってバターになるというくだり。 トラ。 そう、トラである。 トラが何か?? そう、トラはアジアの動物であり、アフリカには生息しないのだ。 原作者のバナーマンは、アフリカではなくインドでこれを書いた。 だから、列記としたインドを舞台としたインドの一家のインド人の少年のお話なのだ。 では、なぜこの本が差別問題にまで発展したのか。 それは、1927年にアメリカで出版された版のドビアスの挿絵の影響らしい。(岩波版の挿絵もドビアスのものを使用している。)↓  着ている服はどことなくアフリカ人ぽく、インド人の少年には到底見えない。 さらに、原作では、サンボは竹やぶに散歩に行く設定だったのが、ここではジャングルに摩り替わっているらしい。 当時のアメリカでは、インド人やインドの風土というものに見識がなく、同類であるという安直な想像をもとに、身近な南部のアフリカ系移民(奴隷)に改変してしまったのだろう。 そのことが祟って、差別論争が巻き起こったわけだ。 原作どおりに、「インド」を徹底していれば、こんな始末にはならなかったはず。 一番の被害者は原作であり著者バナーマン。 人権論者は絶版することにばかり躍起になって、オリジナルに立ち返るということは主張しなかったのだろうか。 それとも、その事実すら知らなかったのか。 いずれにしても、お粗末な話。 僕も、小さい頃にこの本を読んだ。 感性を刺激してくれるとても楽しい作品だった。 あの頃も、そして今でも、差別的視点で解釈なんてしない。 たとえ、サンボがアフリカ人で、ライオンがバターになる話だったとしても、同じ感動を味わえる。 子供の貴重な体験を、大人が奪ってはいけない。 他の出版社で多くの復刊がなされているのが不幸中の幸い。 僕は、差別撤廃云々を唱える団体が嫌いだ。 束になって大々的にPRするより、身近な人にそっと諭されるほうが何倍も効果がある。 街へ出て、騒音を出し、交通を妨げてまで無差別を訴えるなら、各々が、わが子や地域の子供たちを愛をもって育て上げるほうがよい。 あの人たちには、思考の柔軟性と想像力が足りない。 実はそのことが、差別を含めた数々の社会問題を引き起こしているということを言っておきたい。 と、自分でも予想してなかった着地のしかたでしたが、僕は「ちびくろ・さんぼ」の誤解を解きたかったわけです。
中国・北京で12日の夕方、天安門に掲げられている毛沢東の肖像画に男が可燃物を投げつけ、肖像画の一部が焦げたらしい。 男はその場で逮捕された。  僕が驚いたのはこの事件そのものじゃなくて、汚れた肖像画が、翌日13日までには新しいものに取り換えられたってこと。 ほんの数時間の間に。 それは、替えの肖像画があらかじめ用意されてたってことを意味する。 どうしたって、そうとしか考えられない。 天安門という、中国にとっては歴史的にも文化的にも価値のある、いわば象徴としての場所に飾られている絵ならば、どこぞの有名な画家が描いたものなんだろう。 そうでなくても、簡単に替えが用意できるようなものではない一点物が、そういう場所にはふさわしい。 損傷した肖像画を一度取り外し、凄腕の修復師が時間をかけて元どおりに直し、再び天安門へ戻される、というのがシナリオとしては一番しっくりくる。 この肖像画をめぐっては、89年にも天安門事件直前に、男3人がペンキを塗りつけ、無期懲役などの判決を受けてた事件があったようだ。 こういった事件を予測しての替えの準備だったんだろうか。 それはそれで違和感のある話。 日本車とよく似た自動車・偽ブランド品・海賊版DVD・北京ディズニーランド... 中国はコピー天国といわれるけれど、自らの英雄の肖像画までコピーしちゃうのか。 ナショナリスティックな国民性とは相反するように思える。 と、ここまでやや批判的な書き方をしたけど、そういうことでもないのよ。 僕が善悪の判断をするようなことでもないし、日本にもおかしなところは無数にあるしね。 ただ、それらを理解した上でもなお、不思議に思うだけ。 ちょっとしたカルチャーショックかな。 あんまりフォローになってない。
あら、なんかかわいい子が出てますねぇ〜。 どこの新人かしら? と思いきや、「ナカムラ・ユリ」やった。 って言うても、あんまりピンとくる人はいないと思うので、これならどうか。 「YURIMARI」 この時点でついてこれない人には申し訳ないけど、話を進めさせていただきます。 YURIMARIとは、今から10年ほど前にASAYANからデビューしたユニット。 しかし2・3年で解散してしまった。 当時の僕は、中村友理に本気で恋をしてた。 いつか、ヤンジャンかヤンマガでYURIMARIが表紙とグラビアを飾った時には、マンガ嫌いのこの僕が発売日の朝にコンビにでその号を買っていた。 いまでも、実家を捜索すればきっと出てくるはず。 当時のふたり(左が友理ちゃん)  いま見ても、かわいい。 で、解散を期にお目にかかる機会がなくなって、いつの間にか忘れてしまっていた。 そして今日、久々の再会と相成ったわけです。 どうやら、ユニット解散後しばらく休んでいたらしく、現在はエイベックスに所属し「中村ゆり」という名前で女優業をしているらしい。 そしてなんと、「パッチギ!LOVE&PEACE」にメインキャストとして出演しているんやて! 見よ。 いやぁ、あの頃の面影も残しつつ、少しお姉さんになったいまの彼女も最高。 えぇなぁと思った子が、実は昔えぇなぁって思ってた人やったっていうのが、なんとも言えん素晴らしい。 一方的ではあるけど、この再会に喜びを隠し切れへん。 応援しちゃお。 現在は地元の大阪を離れて東京で暮らしてるらしいから、どこかで会えるかな。 って、あんまり心中を吐露しすぎたら変質者に思われるからやめとこ。 そんなんじゃないし。 あの頃と同じ、さわやかな恋ですから。
さっき、電車の吊り広告で「?」って思うことがあったから、帰宅して直ちに調べてみた。 川越にあるらしい、尚美学園大学ってとこのオープンキャンパスか何かのポスター。 そこにデカデカとこう書かれてたんです。 「夢なんて見るモンじゃない 語るモンじゃない 叶えるものだから」 僕はすぐにピンときたわけです。 これ、「Chase The Chance/安室奈美恵」の歌詞やん、って。 間違いなくパクり。 「松本零士 VS 槇原敬之」みたく、泥沼の争いになること必至。 というわけで、改めて調べて分かったこと↓ http://www.shobi-u.ac.jp/press/2005/press_1049.htmlそこまで洞察が及ばんかったわ。 さて、「英語でしゃべらナイト」(NHK)のHP内に、こんなゲームを発見。(一番下の「BARATAN」ってやつ) http://www.nhk.or.jp/night/games.htm今日の「脳トレ」ブームに乗っかったのかは知らないが、やりだすとハマってしまう。 本家「脳トレ」に関しても、僕は正直なにがそんなに魅力的なのかがさっぱり分からず、どちらかと言えば、冷ややかな目で傍観していたのだが、「BARATAN」を心底楽しめたということは、「脳トレ」もイケるクチなんじゃないかと考えを改めさせられた。 しかし、学生時分はあれほど勉強嫌いだったのに、今になって楽しめてしまうのは、何とも不思議である。 もちろん、「ゲーム」と「学習」を同一視するのは不適当かもしれない。 だが、たとえそれがゲームであったとしても、学生の僕は完全に拒絶していただろう。 あの頃に、もっと学習意欲があれば…なんて後悔は微塵も無いが、大学の夜間の授業に来ていた社会人の方々の気持ちが少し分かるような気がする。 「食べたい時が美味しい時」と同じで、「学びたい時が身につく時」なんだろう。
NHK総合の「MUSIC JAPAN」(前「POP JAM」)に斉藤和義が出てた。 ロングランヒットらしい。 ほんまにえぇ曲っちゅーのは、ジワジワと、細く長く人気が続く。 これからジュン・ブライドに向けて、再度注目が集まるのでは。 それにしても、えぇ歌。 自分の結婚式では、この歌をツレ(そこそこ歌唱力のある奴。ギター弾けたらなお良し)に歌わせて、「Simple」を僕が歌う(涙で声をつまらせつつ、それがまた列席者の涙を誘い…)っていう段取りでいこうかな。 話題は変わって、今度の年末年始のことがちょっと気になって調べてみたら、大晦日が早出で、元旦と2日が休みやった。 ん〜、ビミョー。 でも、正月くらいは帰りたいなぁ。 ま、大分先の話やから、今から決めたってしかたがない。 決めたところで、その時になって、気分次第ではどっちに転ぶかわからんのが僕やし。 って、そんなこと言うたら、また薄情モン呼ばわりされる。
捨てました どうせ拾った 服だから いやいや、全部自分で買いました。 ここ1年で、服のサイズやら系統(とくにサイズ)が変わって、いよいよ着なくなった服で部屋が溢れかえっていた。 そこで、思い切って大処分。 東京23区推奨の45ℓゴミ袋10枚組を買ってきて、ダウンジャケットやらスウェットやらデニムやらTシャツやらを、バッコンバッコン詰め込んでいったら、結局7袋になった。 受験で東京に来たときに買ったダウンとか、真冬の夜の騒音調査の時に来てたコートとか、店員を騙して安く買ったポロシャツとか、大好きやった迷彩のパンツも。 それぞれの服にそれぞれの思い出があって、どこか後ろ髪を引かれる思いがしたけど、そんなこと言うてたらキリがないからね。 うちでは、靴下ひとつ捨てる時でも「ありがとう」って言えって教育やった。 さすがに、一着ずつに謝意を述べてたら時間がかかってしかたないから、最後ゴミ捨て場に持っていったときに、7袋まとめて「ありがとう」って言うといた。 はぁ、部屋が少し広くなった。 広くなったらなったで、そこに何か置きたくなるのが僕の悪いところ。 ここはガマン。
今日はメチャクチャ暑かった。 てことで、晩飯は冷やし中華にしようと、昼食を食べながら決めた。 そういうわけで、仕事帰りに近所の定食屋へ。 見慣れない新人の太った女性店員だった。 中国から来たようだが、日本語はなかなか流暢。 接客態度も、かなり一生懸命さが伝わり好感が持てる。 僕は席について、彼女につけ麺(冷やし中華の付け麺バージョン)とライスを注文した。 彼女は「はい!かしこまりました〜!」と、店の外まで聞こえるほどの大声を残し厨房へ入っていった。 以下は、厨房から聞こえてきた会話。 彼女:「つけ麺とライスご一緒〜!」 店員A:「はい、つけ麺・ライス〜! …つけ麺は?」 彼女:「えっ!?」 店員A:「クロレラ??」 そうそう、この店の冷やし中華は、ふつうのタマゴ麺とクロレラが入った緑色の麺の2種類があって、どちらかを選ぶのだ。 久しく食べてなかったので、すっかり忘れていた。 ちなみに、僕はクロレラ麺派。 彼女がどちらかを確かめに、もう一度厨房から出てくるのを待っていた。 すると。 彼女:「クロレラ!!」 え゛ぇえぇぇ!!!!!!!! たしかにおれはクロレラ派やけど、お前には言うてへんぞぉ!!! なんでお前が決めてんのぉぉお!!!! それから数分後、彼女はクロレラつけ麺とライスを持って厨房から出てきた。 「はい、失礼しま〜す!つけ麺とライスご一緒〜!」
アンマー/かりゆし58 不思議やね。 親子の歌って、大概が母親と息子。 しかも、息子目線。 洋楽にもこの傾向は見られる。 で、やぱりこの設定が一番ドラマチック。 もちろん、息子→父親、父親→息子、娘→母親、母親→娘、娘→父親、父親→娘だって、世の中には無数に物語がある。 でも、その中でもダントツに感動を呼ぶのが息子→母親。 これはほんまに不思議。 他にはない何かがあるに違いないけど、わからん。 「東京タワー」がこれほど世間にウケてるのも、このことが関係してるはず。 とまぁ、これ以上は深追いせずに終わりたい。 もうすぐ母の日。 “アンマー”と併せて、ふと思ったから書いておきます。
仕事から帰って、小一時間寝てしまったもんやから、変に目が冴えてしまってる。 とりあえず体を疲れさせようと、ダンベル担いで部屋でモッシュしてます。 シュガ〜♪ てか、ついこの前まで暖房入れてたのに、もうそろそろクーラー入れなあかん感じやね。 そうそう、目下最大の関心事は、仕事に半ズボンで行っていいのかどうかということ。 去年は行った。 社会人2年目に入って、若干社会通念に汚染されかけてる自分がいる。 あかんあかん。 単にガキがダダこねてるんじゃなくて、根拠のないアンチテーゼでもなくて、既存の常識より良質の概念を主張したいだけ。 主張したいというか、僕のスタンスとして採用したいということ。 あ、またイライラし出してしまった。 モッシュ再開や! で、そろそろ寝ないと。
 僕がはじめてタバコを吸ったのは高校1年のとき。 その前に1度、母親のフィリップモリスを拝借したことがあった。 中学2年のとき、家で留守番中に。 気分が悪くなるくらいむせて、一口で消した。 だから、自分で買って吸ったのが高校1年生ということになる。 時代はバンドブーム。 ライブハウスに出入りするようになった。 ROCK。 教育には決して良くないこの文化も、くすぶっていた少年の心を解放するには十分だった。 異端であることに憧れた。 しかし、そこへの道筋が分からなかった。 なら、まず、見た目から。 自然と、タバコ、だった。 学ランの内ポケットには、必ずタバコが入っていた。 毎朝、四条烏丸の銀行のビルの下で友達と待ち合わせをし、一服してから阪急電車に乗った。 駅から学校までの間も、人気の無い道を選んで吸った。 同じような学生が、不思議とそのルートを通って登校していた。 授業中も友人とメールで連絡を取り合い、部室で落ち合って吸った。 今でも屋根裏には、僕達の吸殻と、ヨレヨレになったエロ本の山は残っているだろうか。 駅前の王将がたまり場だった。 生活指導の教師が見回りに来たときには、店長のおばちゃんがこっそり教えてくれた。 サッカー部の合宿には、3・4箱まとめ買いをして持っていった。 公式戦の試合中に、友人が「タバコ吸いたい。」とボソっと言った、あの顔は今でも覚えている。 奈良へ遠足に行ったとき、現地集合をいいことに、近鉄特急の喫煙車両に乗った。 高校時代の思い出とタバコは切っても切り離せない関係にある。 タバコは人と人との出会いを生む。 高校3年の夏休みから浪人の1年間、とある予備校にもぐっていた。 地下の喫煙所で広がった友達の輪。 そこに隣接する食堂は、ならず者のるつぼと化した。 その連中には「地下組」という名がついた。 明けても暮れても、遊んだ。 必死で遊んだ。 各々が別々の人生を歩む今でも、たまに集まれば、思い出話に花が咲くと、1本、2本とタバコに火が点る。 タバコは時として、記憶に切ない影を落とす。 高校3年生のときに、同い年の子と淡い恋をした。 しかし、4ヶ月ほどで交際は終わった。 別れた翌日に、彼女ははじめてタバコを吸った。 買ったのは、僕が好きな銘柄。 そのことを、大分経った後に本人から聞いた。 なんとも言えない気持ちになった。 愛することは傷を伴うけれど、傷つけない努力もまた、愛すること。 銘柄は何度か変わったけれど、僕のそばにはいつもタバコがあった。 晴れた日も、雨の日も、怒れる日も、喜びの日も。 体はきっと蝕まれているけれど、得たものは決して少なくない。 タバコを吸っていてよかった。 タバコに感謝したい。 タバコが生んだ数々の思い出と絆は、これからも宝物として持ち続けたい。 僕はタバコが大好きだ。 さようなら、タバコ。
しょっちゅう食べに行くとんかつ屋が食券制を導入していた。 それに気づかず、店に入り席につき、一応メニューに目を通すふりをする。 「一応」というのは、そこではロースかつ定食しか食べないから。 メニューも見ずに頼めば、常連ぶってる感じになって、鼻につくいやらしい人間に思われるんじゃないかと思うから。 ま、僕の奇妙な精神病はさておき、とりあえず注文のタイミングを見計らってたわけです。 そしたら、横の席の兄ちゃんが、やたらとこちらをチラチラ見てくるのが視界に入った。 「知り合いでもないし、何やねん」と少し気分を害していると、店の入り口のほうから「ピッピー、ピッピー」という電子音が聞こえた。 すると、店員が慌てて音の鳴るほうへ走って行く。 ふとそちらへ目をやると、店員がマシーンをガバッと開けて、何やらコチョコチョやっている。 「券売機やん!」 先入観ってほんまにこわい。 券売機がピッピーって鳴ってなかったら、普通に「ロースかつ定食!」って言うてた。 これからは、「食券制導入の可能性アリ」を肝に銘じて、食事をしに行かないといけない。 もちろん、その逆も。 店に入って、いくら券売機を探しても見つからず、店員に「券売機がないんですけどっ!」と怒鳴る羽目にならないように。 あ、話のついでに、以前天丼屋で見かけたおばちゃんの注文の仕方を紹介。 「わたし野菜天丼が食べたい。」
 たしかに、この街には西友がある。 ただし、ここから徒歩で10分ほど。 スーパーの駐車場に置き去りにされているのはよくある光景だが、ここまで離れた場所というのは、なかなか珍しい。 明日から再び連休。 高速道路は、里帰りや行楽へ出かける車で混雑するが、こちらも負けじと長距離ドライブ。
近所の広い月極駐車場に1台も車が停まってなかった。 仕事柄、大型連休なんて景気のいい休みなんかはなく、貴重な休日も外に出れば人人人。 今日は初夏の陽気ということもあって、原宿はリオのカーニバルかというくらいの混雑で酸素が薄かった。 人と日差しを避けるように、急遽中目黒へ移動。 目黒川沿いの桜の木は完全に新緑へとシフトしていた。 こちらは人通りも穏やかで、日陰の中をゆったりと散策できた。 川を気持ちよさそうに泳ぐカモを横目に、ベンチに腰掛けて一服をすれば、それだけで十分に黄金の休日。 服屋&カフェの新規開拓もでき、素晴らしい1日だった。 この晴天も今日までで、明日、明後日と天気は崩れそう。 その後連休後半の木曜日からは再び晴れるということだから、今回は連休を取りづらい日の並びのかわりに、休みの日だけはいい日和にしようという神様のお心遣いがあったのだろう。
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