このご時世
ご老人の孤独死が増えてます。
身寄りの無い人が
誰に看取られるでもなく
さらには死後大分経ってから発見されるケースも珍しくない。
ニュースにはならないが
毎日どこかでこうして亡くなってゆく人がいることを想像すると
なんとも切ないものだ。
しかし、ふと思うのである。
これは他人事ではないと。
それは何も遠い先の心配事ではなく
その危機が今日にも僕の身に降りかかる可能性があるということ。
もし今眠りについて
そのまま永遠に目を覚ますことがなかったとしたら
僕は、いつ、誰に、どのようにして発見されるのだろうか。
一人暮らしの夜を初めて怖いと感じた。
明石家さんまが自身の名言である「生きてるだけで、丸儲け」から娘を「いまる」と名づけたことは有名だが
この言葉は本当にすばらしい。
そういう意識で人生を全うし
お世話になった人を大勢集めて
最期に「ありがとう。」の一言を残して
静かに目を閉じるのが僕の夢である。
よろしく。
今日、保健組合から薬やら歯磨きセットやらの物品が届いた。
保険料が余りに余ってるのか
それとも、なるべく医者にかからず薬で治してほしいのかはわからんが
とりあえず、いただいた。
“はっ、社会人!!”
と思った。
それで言うと、
ここ何年も遠ざかってた年賀状交換も
今年(来年??)から再開することになる。
さすがに
職場の人には出さんとね。
で、やるからにはA・M・O・N作りたいし
久々にお絵かきしてみたら
熱が入ってしまって大変。
ほどほどにせんと
寝るん遅くなって
明日の休みを床で過ごすことになってしまう。
だから、切り上げてここに来た。
しかし、
ここにも長居はできん。
録画しといたビデオ見て寝よ。
先生、さよオナラ。
この街に住んで5年目になりますが
昨日初めてあることに気づいた。
うちのマンションの前の道はけっこう車の往来があって
すぐそばに踏切もある。
で、まずこの写真。

はい、「この先踏切あり〜」の標識。
これを少し引いた位置で撮ったのがこの写真。

○印のところにもうひとつ標識が立ってる。
その向こう100メートル先あたりに踏切がある。
だから、あれもちろん、「この先踏切あり〜」の標識。
それがこれ。

なんか気持ちわるない!?
車種がちゃうねん!!
調べてみたら、「この先踏切あり〜」の標識は
この2種類あるらしいのよ。
ま、2種類あること自体も変な話やけど
今となっては希少になった汽車の絵も
ノスタルジックでえぇかなとも思えるし
そこは許すとしても
それならそれで
並べて立てるときには車種を統一しようぜ
と言いたいわけ。
センスないわぁ、センス。
今日はここまで。
話が脱線したらあかんしね。
各局の放送が終了しました。
どこに回してもカラーバー。
仕方なく電源を落とし、パソコンに向かっています。
金曜日に風邪をひきました。
持ち前のバイタリティで今はほぼ完治しています。
仕事に支障が出てはいけないので
珍しく薬の力にも頼りました。
一人暮らしを始めて4年と8ヶ月
風邪を引いたのは片手でで納まるほどの回数ですが
なかなか切ないものです。
実家にいた頃は
寝込んでいる僕を母親がそっと起こしてくれ
リビングに下りると食卓には夕飯が配膳されていて
意識が朦朧とする中でも
舌から愛情がしっかりと伝わり
気分も幾分楽になるものでした。
また、弟が風邪をひいたときには
「うつるから、あんまり近づかんほうがえぇで」と僕に言って
弟の部屋へ看病に入っていく母親の後姿に
愛の正体をうかがい知ることができました。
そして僕は独り床に伏せ
熱と痛みに襲われながらも
愛を探すのでした。
愛。
愛。
人を支え、人を翻弄するもの。
愛とは、愛。
愛ゆえに、哀。
さて、
最近コアラのマーチをよく食べるんですが
眉毛のあるコアラが出てきたら幸せになれるとか言いますね。
じゃ、これはどうなんでしょう。


脱糞というか、脱腸というか…
コアラも腹押さえとるし。
運が良くても、気分が悪いです。
捨てる神あれば、拾う神ありとは言いますが
こんな僕を夕食に誘ってくれる人がおりまして
馬場の居酒屋で夕食という運びとなりました。
久しぶりにアルコールと交わりました。
顔面紅潮は毎度のことですが
特別気分が悪くなったりなどもなく
終始いい気分でいられました。
ま、飲んだ量も少ないんですが。
楽しい時間をありがとう♪
さて、前から思ってたことがあるんですが
道路とか鉄道の世界でよく耳にする
「リフレッシュ工事」ってやつ
あれ、ちょっと子供だまし的な部分があるように思えます。
なぜシンプルに「工事」ではいけないのか。
世の中には色んな工事がありますが
「リフレッシュ」を付けてるのは道路と鉄道くらいじゃないか。
僕が思うに
あれは利用者の不満を和らげようとする意図があるのだろう。
人の移動や物流のほとんどが両者にどっぷり依存している。
都市部や、都市と都市を繋ぐ幹線道路はなおさら。
だから、一部区間が利用できなくなるだけで大変な不便が生じる。
工事によって快適になるよりも
多少具合がわるくても今日は工事をしてくれるな
という思いの人が莫大な数いるだろう。
そんな人たちに対する麻酔の役割を
「リフレッシュ」が一手に引き受けているのだ。
さらに横文字であることで
耳障りも良く
実態を曖昧にすることもでき
より苦情を回避できる。
きっとそうに違いない。
さて、明日は連休最終日。
思う存分リフレッシュしてまいります。
では。
おそらく
結局、明快な結論に達することなく
中途半端に終わってしまうことは目に見えてるけど
書いておこうと思います。
けっこう真面目です。
いじめによる自殺。
別にいじめが原因じゃなくてもいぃんやけど
これだけ続いて起きると
やっぱ、いろいろと考えてしまいます。
どう見たって
これは連鎖状態にあると思うし
一種の流行みたいに受け取れるけど
それでも
自分の命を自分で絶つってことは
かなりの覚悟がないとできひんはず。
突発的に行動に移してしまったケースもあるかもしれんけど
その行為がどれだけ大変なことなんかっていうことは
冷静に考えれば皆わかるはず。
ワイドショーのコメンテーターやら
教育委員会のお偉いさんらが
「命の大切さをもう一度教えなければならない」みたいな
どうしようもないことを連呼するけど
そんなこと教わらんでも彼らは十分わかってる。
わかってるから自殺するんやと思う。
大切な命を投げ打つことで主張してるんやと思う。
彼らにとって
自分の命が大切であればあるほど
より自殺が意味あるものになるんじゃないか。
だから
命の教育はむしろ状況を悪化させる可能性もある。
じゃ、なにをすべきなのか。
ほんまにわからへん。
必死で考えても全く見当たらへん。
見当たらへんどころか
自殺自体の善し悪しさえ曖昧になってくる。
想像もしてみる。
全てが嫌になって
人生に自らピリオドを打つ決心をして
例えば、高いところから飛び降りる。
それなのに
頭をかばうように体は丸ったんじゃないか。
例えば、首をつろうとロープを掛け
踏み台から足を離した瞬間
とっさに両手が首に食い込むロープへ伸びたんじゃないか。
例えば、迫り来る列車の前に身を投げた時
目は閉じ、全身に力が入ったんじゃないか。
心と体は別々で
心が死を選択したのに対し
体は生きることを訴えている。
切ないな。
今日、うちの職場の階段の踊り場がこんなことになってた。

普段は閉じたままの扉が開いていて
入念な養生がされている。
機材か何かの入れ替えでもあるのか
工事でもやっているのかと思ったが
実は…

ま、通常立ち入ることは絶対ない部屋やけど
こんなにわかりやすいのもどうかと思う。
建物自体がけっこう古いから
アスベストが使われててもおかしくはないけど
カミングアウトの周知もきてないし
こんな工事があることももちろん聞いていない。
そのくせに、こんなにおっ広げてやってる。
しかも急に。
こっそりやるなら安全にこっそりやればいいし
了承を受けた上でやるなら情報開示も徹底したほうがいい。
わたし達、こういうところもきちんとケアできてるんですよ〜
と言わんばかりに
あえて目につきやすくやってるように感じられる。
いいことをしているとでも思ってほしいのだろうか。
「形成外科」と「整形外科」の違い。
悪いところを治療して元のあるべき状態に戻すのが前者で
手を加えることで今よりもさらに良い状態にレベルアップさせるのが後者である。
したがって、アスベストの除去作業は「形成外科」にあたる。
しかし、あたかも今までよりさらにいい環境になりますと主張するような
このアスベスト除去作業は
「整形外科」の看板を出しながら
中では「形成外科」をやっているようなもの。
なんちゃら法に違反する。
明日から3連休。
さて、なにしよう。
とりあえず、明日は奇跡的に予定が入っている。
明日を存分に楽しんだあとで、明後日のことは考える。
ぴーすよー
ちぇくわんつー
経済大国はせわしない。
11月に入るや否や、一気にクリスマスモード。
おせち料理の予約まで始まって
なんなら、すでに売り切れ商品も出ているとか。
特にこちら東京では
郊外に巨大な商業施設が次々にオープンし
クリスマスを含む年末商戦に先手を打って始めたために
それに対抗すべく都心の店までもが
例年よりも早い時期から騒ぎだしている。
そして、僕が住む街にも
クリスマスモードに早くも入っちゃってるスポットがある。

とあるお宅の駐車場。
なんやろ、この乱雑なデコレーション。
電飾の長さに遊びがありすぎて
屋根のとこで余りまくってる。
そして、なぜかガスメータにも
思いついたかのように絡みつけられ
で、やはりその余りが地面で無造作に束になっている。
無計画にも程がある。
三角コーンといい
古新聞の塊といい
風情が全くない。
こんなにも徹底されていないクリスマスの飾りつけは
見たことがない。
いやぁ、冷え込みますね〜。
朝晩の空気が冬の香りを含みはじめてます。
近畿では木枯らし1号が吹いたということで。
関東では初霜・初冠雪が観測されました。
ここからは速いですよ。
一気に冷え込みますからね。
さて、冬といえば、「西高東低」。
気圧の谷に列島がスッポシ収まり、冷たい北風が通り抜ける。
寒さが苦手という人が多いのか
冬が好きという人はあまり多くはない。
草木は枯れ果てて
動物達も暫しの眠りに入る。
「不在の季節」といえる。
寂しい時間である。
が、その一方で
夢を膨らませ、英気を養う大切な時間でもある。
やがて来る春にむけて
生まれ変わるための季節である。
過ぎた日々を多少引きずりながら
それを振り切るかのように
静かに熱く走り抜けよう
セイコウトウテイ/スネオヘアー
携帯にゲームをダウンロードして遊ぶってことに
今まであまりピンときていなかった。
でも最近、電車の移動中とかひとりでカフェでお茶してる時間とかに
手持ち無沙汰さを埋め合わせるには良いのかもしれないと思い
ダウンロードをしてみた。
ここは手堅く飽きのこないテトリス。
が、ここ数日、こいつが大変な事態を巻き起こしつつある。
就寝前、寝床について、さて一発やっときますかと1ゲームをこなす。
ズルズル何ゲームもやってしまうということはなく
ほんの束の間のお楽しみ程度の健全な遊びなのはいいが
いざ、眠りにつこうと目を閉じた瞬間
脳ミソの中で延長戦が開始されてしまうのである。
これが一向に終わらない。
どんどんコマが落ちてくる。
際限なく降ってくる。
羊を数えるのとはワケが違う。
羊は己のカウント次第で如何様にもなる。
縛りがなくこっち任せな部分がある。
テトリスは違う。
向こうから勝手に落ちてくる。
そして、明確なルールがある。
絶えず追われ、頭が休まらない。
故に寝られない。
秋の夜長とは言いますが
それならそれで
何かに思いを馳せて感傷にひたる方がよっぽど文化的でいい。
ていうか
寝る前にテトリスせんかったらえぇねん
要は。
ま、それはそれで、不都合なんですが。